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■修練レポ■ 2017年6月度 少林寺拳法教室お疲れ様!

2017年6月12日 14:06 | | トラックバック(0)
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最近、朝晩が涼しいですねぇ。涼しいというか、寒いというか( ̄▽ ̄;)

昨日はそんな6月とは思えない涼しい中、毎月恒例の高槻市少林寺拳法連盟が主催する少林寺拳法教室が開催されました(=゚ω゚)ノ

 

昨日の担当道院は大阪高槻道院と言う事で、少年と一般の拳士全員に参加の声かけをして、大人と子供が交じっての修練となりました(^^)

今回のテーマは「下がらない、怖がらない」ということで、法形修練とはまた違った、どちらかと言えば乱捕り(運用法)の修練に近い内容でしたが、少年部の子達もそこそこすぐに対応することが出来ていたので、ずいぶん距離の近い突きにも慣れてきたなぁと関心しました(・・)(。。)

 

少林寺拳法の修練は、基本・法形・演武・乱捕りの四つを偏ることなく修練することが大切なんですが、こないだまでは延々と二ヶ月大会に向けての修練(演武)ばっかりやっていたので、そろそろ基本に立ち返って、基本から使える技術へとステップアップしていかなきゃいけないなぁと思っていました。

 

演武の修練は、相手と息を合わせる(調和する)ということが最重要課題となるので、どこか演武に「武的要素」が欠けるところがあるんですよね。

本来は演武にも当然武的要素を持って取り組まなきゃいけないんですが、何せあらかじめ攻防の中身を取り決めした上で修練を行うので、武的要素と言われても、構成そのものがあんまり武的ではない(初めから攻者がやられやすい体勢になりがち)事も多々あるので、なかなか難しい面はあります(-ω-;)

その点乱捕りの修練は、運用法のように攻守の取り決めや、攻撃手段の取り決めをする場合もありますが、まぁ自由に攻防を行う自由乱捕りもあるので、かなり武的要素の方が強い修練だったりします。

こう考えると、演武と乱捕りは両軸でしっかりとやって、どこまでが演武でどこからが乱捕りなのか、演武と乱捕りはどんな風に違うのか、と言うことを実際の修練を通じて、体感しながら日頃の修練に取り組んでいけば、最終的には自分は「どっちがやりやすい(好んでいるか)」という、自分の特性を知ることにもなりますし、特性を知ってそれを伸ばしていけば、自信にもつながりますよね(^o^)

 

少林寺拳法の修練は、どの修練体系を好んで行うにしても、最終的には自分に自信を持ち、他人のことを思いやれる優しさを持つことが出来れば全く問題ないので、自分の体格や性格、年齢に応じて、基本・法形・演武・乱捕りを偏ることなく修練して、自分の得意分野を見つけていってもらえればと思います(-人-)合掌

 

全くの余談、というか雑談になるんですが、少林寺拳法教室が終わってから家に帰ったら、出かける前にちょっち叱られた娘(ゲームしたいから教室行かないと言ったので、スーパーカミナリ落として、そのままほっといて出てきました(-ω-;))が、妙なハイテンションで出迎えてくれたんですよ。

さすがにあんだけ怒られてほっとかれたのはそこそここたえたみたいで、僕が教室に行っている間ゲームはせずに、命じられた書き取りプリント五枚をちゃんとやって、とにかく待ってたんですね。

で、帰ってくるやいなや、カラオケしたい!とやたらと絡んでくるんで、Wii Uのカラオケチケットを買って、急遽おうちカラオケーモードに。

 

カラオケ自体久しぶりではあったんですが、そもそも新曲を全く聴いていないので、最近覚えた新曲はお母さんと一緒で流れる子供の歌だったり、娘が延々と流しているAmazonプライムのアニメのOPとかEDばっか( ̄▽ ̄;)

覚えている曲と言えば、大学在学中のいわゆる小室全盛時代なわけで、自分の中ではそこまで古くないつもりでも、世間一般的には懐メロオンパレード( ̄▽ ̄;)

 

おうちカラオケとなると時間無制限状態でやれるので、歌う曲がなくなってきたら、懐かしのアニソンとか、まぁオタ丸出しな曲を歌ったりもするんですが、そんなかでゴダイゴのガンダーラを歌ったときに、今まで気にしてなかった歌詞に、あー結構含蓄ある歌詞だなぁと(・・)(。。)

少林寺拳法(金剛禅)の中で原始仏教を取り扱うだけに、ガンダーラで歌われている歌詞の中身が、いわゆる西遊記の玄奘三蔵の目的(天竺へ向かい、本当の仏教を手に入れる事)とちゃんと合致しているのも興味深いし、歌詞の中にある「愛の国 ガンダーラ」とか「生きることの 苦しみさえ 消えるというよ」というフレーズも、仏教の本来の意味や目的をちゃんと捉えているんですよね。

普通の人にはどうでもいい内容ではあるんですが、個人的になんとなく、いいなぁと思ったので書いてみました(-人-)合掌

 

(北野)

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