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■修練レポ■ 2010年達磨祭 道院長法話

2010年10月 9日 12:02 | | トラックバック(0)
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というわけで、昨日の達磨祭の道院長法話の原稿を掲載します(=゚ω゚)ノ

原稿、といっても話し言葉で書いた原稿なので、読みやすいと思います(^^)

ただ、実際の法話は、この原稿からちょい外れた話をいれたり、言い回しももっと優しくして、表現も関西弁ばりばりになっていたので、原稿通りの話ではなかったですが( ̄▽ ̄;)


■2010年達磨祭 道院長法話 原稿■

達磨祭ということで、今日のお話は「達磨大師」についてちょっとお話をしたいと思います。

まず、達磨と聞いて何を思い浮かべますか?

そう、赤い丸いダルマの人形ですね。そのダルマの元になったのが今机の上に置いてある、達磨大師です。

皆さんが達磨に持つイメージはなんでしょうか?

七転び八起き、不撓不屈。何事にも負けない強い心。選挙。

そんなイメージをもっていると思います。


では、このダルマの元になった達磨大師とはどういう人だったのでしょうか?

まず、達磨は1500年前にインドから中国に渡った仏教のお坊さんです。インドから来た、ということで、肌の色も黒く、目もギョロッとして、中国の人からしてみれば、とても見た目が変わっていたお坊さんでした。

この達磨は、はじめに中国の王様の呼ばれて、王様の宮殿にいきましたが、王様の考えている仏教と達磨の仏教とは考え方が異なっていたため、王様の元から離れて、嵩山という山のなかにある少林寺というお寺にいきました。

その嵩山少林寺に達磨が伝えた仏教が「禅」と「易筋行」と言われています。

禅というのは、簡単に言えば心を鍛える方法。易筋行というのは、身体を鍛える方法の事です。

我々のやっている少林寺拳法の教えに、拳禅一如というのがありますね。

そう、達磨の伝えた禅と易筋行は、今我々が修行している少林寺拳法の修行と同じなんですね。

その嵩山少林寺で達磨が伝えた「禅」の教えとはどういったものだったかといえば、簡単に言えば、いかに心安らかに生きていくか、ということです。何事にも動じない、周りに惑わされない強い心。

どうすれば達磨のようになれるのか?


その教えが、二入四行という教えになります。ちょっと難しい言葉になるので、もう少し簡単にお話しますと、達磨は『心を鍛える手段』について頭で考えるだけではだめで、行動しなさいと言いました。

具体的に何をすればいいのか、達磨は四つの方法をいいました。今日はその二つを紹介したいと思います。

まず、一つ目。

色んな悩み事や苦しいことが起こるのは、自分の行いが原因である場合もあれば、そうでない時もある。それをいちいち、しんどいとか苦しいとかいって、人のせいにしたり、文句ばかりいっていると、余計に自分がしんどくなる。

なので、まずはどんな苦しいことがあっても、文句を言わず、嫌な気持ちにならないようにするのが報怨行といいます。

二つ目は、随縁行というのですが、先ほどのお話の中で「苦しみの原因は色々ある」と言ったけれども、原因があるから苦しみがある。苦しいことの原因がはっきりわかるときもあれば、わからないときもある。解決できる原因の時もあれば、解決できないときもある。その時々によってとめどなく変化する「原因」にとらわれることなく、常に心を穏やかにいることが大切だと達磨は言いました。

報怨行と随縁行の二つ、簡単に言えば、文句を言わない、一つ一つの事柄で怒ったり泣いたりしない、という事。

みなさん、これ、できますか?

これは簡単にはできませんよね。だからこれが出来るように一生懸命修行する。達磨は壁に向かって九年間座禅していたといいます。


みなさんは、縁あって今こうして性別や世代を超えて少林寺拳法を修行しています。

少林寺拳法の教えは、「自己確立」と「自他共楽」です。達磨は一人で壁に向かって九年間座禅していましたが、みなさんには共に少林寺拳法を修行する仲間がいます。

みなさんは一人ではないんです。

少林寺拳法は、少林寺拳法を修行する人同士が、お互いがお互いのことを考えて、一緒にどうすればいいのか考えていくことが出来るのが、魅力なんです。

お互いがお互いのことを考える事が出来れば、相手に文句を言う前に、相手を思いやることが出来る。お互いがお互いのことを考える事が出来れば、相手のことを責めるだけじゃなくて、自分が悪かったことにも気がつくことが出来る。


みなさん、小手抜の修練をしているときに、相手が上手く出来てないときに、「ここをこうしたらいいんじゃないか、ああしたらいいんじゃないか」と教えてあげることがありますよね。

それと同時に、うまくいかなかったときに、「どうしたら出来ますか?」と質問しますよね?

これ、自分が出来ていないことを素直に認めて、相手に敬意をはらって教えを請うているのに、気がついていますか?

つまり、自分の非を素直に認める。自分の過ちにとらわれない。これ、報怨行と随縁行なんですね。

少林寺拳法の技術修練は、達磨の教えそのものなんです。


少林寺拳法の修練には、皆さんが気がつかないところで、たくさんお釈迦様や達磨の教えが詰まっています。

今日は時間の都合があるので、達磨の伝えた二つの教えしかお話しできませんが、普段何気なくやっている少林寺拳法の技術の修練も、長く長く続けていけば、きっと強い心を持った、達磨大師のような人間になれると思います。

少林寺拳法の拳士は「達磨の子」とも言います。みなさんは自分の中に磨けば光る素晴らしい珠を持っています。

それを信じて、一生懸命仲間と共に少林寺拳法の修行に励んで下さい。

長くなりましたが、2010年度達磨祭の道院長法話を終わらせていただきます。


(北野)

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