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開かれた心は、相手の心も開く

2010年5月10日 16:25 | | トラックバック(0)
助け合う力

いやぁ、GWの間旅行に行って帰ってきてから、パソコンの調子がいまいちなのでOSの入れ直しをしたところ、今度は自宅の光回線の端末が壊れて、インターネットに接続することも出来ず、なんだか健康的な日々を過ごしている北野です。

丸二日ぶりに会社でインターネットを見ていたところ、なかなか良いことを書いている記事を見つけたので紹介してみると、

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子どもっぽい大人は得をする?~『「話し方」で人を動かす「超」心理術』
http://www.webdoku.jp/tsushin/2010/05/10/062227.html

相手の心を開かせるためには、何が必要でしょうか。

大切なのは自分の心を開くこと。自分の心はかたく閉ざしているのに、相手の心だけを開かせようとしてもムリがあります。まず自分から開かなければ、相手も警戒心を解いてくれないでしょう

相手の心を開かせるのが上手な人は、自分の心を開くのも上手な人。そういう人は、誰に対してもあけっぴろげで、だれにでも話しかけることができる。ようするに、ものすごく気さくなのです。他人に対して隠しごとなどもしないし、オープンな心を持っています。

~~ 中略 ~~

小さな子どもは、他人の善意を疑いません。そのため、ものすごく開かれた心を持っていて、だれにでも話しかけてしまいます。だから、小さな子どもに話しかけられた大人も、やはり心を開き返すのです。そういう純真な心を持ち続けることは、人間関係において非常に重要。子どもっぽい人のほうが、相手の警戒心を解くのが上手なのですが、その理由は、子どもっぽい人のほうが、だれに対しても心を開いて接しているからなのです。
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この文章がこの本の中に書かれているのか、この本の紹介をしている人がこの文章を書いているのかわからないですが、書いてあることはとても前向きな内容で、「相手が心を開くのを待っているだけでは、いつまで経っても心は開かれない」という事に、とても共感した(・・)(。。)


■口べたやシャイは、必ずなおる!■

そもそも、口べたやシャイっていうのは、自分の自信のなさや経験不足から来ることが多い。

なので、場数を踏めば自然と口べたやシャイはなおるもんなんですが、そうは言っても「今困っている」状況にある人に、場数を踏もうね、といってもなかなか難しい。

ここは一つ発想を変えて、自信が無いなら無いなりに、失敗すると思うから助けてねオーラを出して話をしてみる、というのがいいんじゃないだろうか。

心をオープンにしている人っていうのは、失敗を恐れないというよりは、失敗している自分もまた自分なのだからということで、それを隠さずにオープンにしているから、そのオープンな心に触れた人は、あーこの人ならしょうがないよね、という暖かい気持ちで受け入れてくれる。

口べたとかシャイとかいう思いの強い人は、どうしても「失敗した自分が受け入れられるかどうか心配」という気持ちが先に立つので、失敗しなければ他人から拒否されないだろうっていう考えになってしまう。

だけれども、自分の失敗する姿をかたくなに見せないようにすると、それが結果として日々の行動に出てくることになり、口べたやシャイっていう状況から脱却できない。

「子どもっぽい大人は得をする?」の中にも書いてあるように、「自分から開かなければ、相手も警戒心を解いてくれない」のが現実なのだから、無理をして隠さずに、無理をせずに気楽に行こう(=゚ω゚)ノ


■少林寺拳法はシャイな人ほど効果的!■

少林寺拳法の修練っていうのは、とにかく先生や先輩がうっとうしいぐらい面倒を見てくれる。

みんなと一緒にやるのが楽しい、人と共に上達していくのが気持ちいい、そういう思いがあるので、どんなに口べたでシャイな人にでも、どんどん積極的に話しかけてくれる。

技術的に自信が無くても、ボロクソに言うようなことはせず、じっくりと丁寧に一つ一つ確実に階段を登っていけるように引っ張っていってくれる。

なんでみんながこういう行動をしてくれるのかと言えば、少林寺拳法の思想が「自己確立と自他共楽」に基づいており、普段の稽古も二人一組でやる「組手主体」で行うため、自分が上手になるためには、相手も上手になってもらわないといけない。

少林寺拳法の修練をずーーーーっと続けているうちに、自然と相手を思いやる気持ちが育つし、最初のうちは技の修練をやっている相手を見ていた視野が、だんだんと道場に来ている人たち全員に向くようになる。

さらには大阪武専や本部の講習会のように、自分の道場から離れた場所で出会う人たちであっても、合掌礼一つで気持ちよく修練できるようになる。


ちょっとでも出来る人が、出来ない人を引っ張っていくのが少林寺拳法なのだ(^。^)


これ、入会したばかりの見習い拳士であっても、一日でも早く入会していれば、後から入会した後輩さんに教えるって事をやるので、本当に早い段階から「人と共に生きる」という稽古をする。

「人と共に生きる」ということは、失敗しても受け入れてくれる人たちがほとんどなのだ、という事を知ることになるし、結果として、口べたでシャイな自分であっても、自信を持つことが出来、気がついたらオープンな心を持った人間になれる。


よその武道やスポーツ団体はどうかわかりませんが、少林寺拳法はこゆ「生きる力」を身につけるのも大きな目的としている団体なので、もし「変えたい自分・変わりたい自分」を探し求めているのであれば、是非一度少林寺拳法の道場を訪ねてみてください。新しい自分を発見できるチャンスですよ(^_-)-☆


(北野)

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